今でこそ、コンピューターでメールを送ったり、返信したりと、紙に実際文字を書くことすらすくなくなってしまって、
実は40代の私でも、なんか風情がないな。と感じることがしばしばです。
私が中学の頃は、なぜか手紙の交換が流行っていて、毎日会う友達に何通も手紙を書いていたのを覚えています。
学校の近所のステイショナリーショップにサンリオやスヌーピーなどのキャラクターの封筒と便せんなんかが
所狭しと並ぶキュートなお店があって、そこはわたしのパラダイスでした。中学生のわたしは限られたお小遣いで、
いかに新作で、可愛いデザインやキャラクターの封筒と便せんのセットを購入して、友達に手紙を書こうかと、
お店にいったら1時間近く、お気に入りを探すのに費やしたのを覚えています。
封筒と便せんはいつもセットで買うようにしていたんですが、ある日、便せんのほうが早くなくなってしまって、
残ってる封筒にあう便せんを探すのに、よくかんがえたら別にセットじゃなくても使いまわしができそうなシンプルなのを選べばいいのじゃないか?と
ひらめいて、そこからは封筒は一色のカラーでキャラクターではなく、きれいなピンクとか水色とかを選び、
便せんを花柄とかストライプのデザインにすることで、なんとなくセットにみえないかと工夫しました。
それから、ちょっと大人になって、子供っぽいキャラクターやカラーの封筒や便せんにだんだん飽きてきて、
素材にこだわるようになっていきました。大学のときによく声楽のレッスンや、ピアノのレッスンを受けていた先生たちに
お礼状を書くようになって、和紙でできた封筒に、和紙の便せんや、わら半紙のような茶色の和紙に、金糸や銀糸が混じった
ちょっと高級感のある封筒や便せんに凝っていました。
同時に、そのころ筆ペンもつかって、縦書きに手紙を書いていたのも、私の中で非常に流行っていたのを記憶してます。
私のお気に入りのステーショナリーショップが急に閉店になって、ちょうどそのころ近所に100円ショップができて、それからというもの
私の封筒探しは100円ショップのみになりました。
初めはちょっと嫌厭していたけれど、100円ショップの文房具も良くできていて、封筒3枚と便せん7,8枚とそんな程度の
セットで売っているので、新しいセットがすぐ試せるのが実は好都合でした。
封筒や便せんが沢山ありすぎるセットは、どれだけ書いてもなくならないので、そのうち自分で飽きが来るんです。
その点100円均一のは飽きるまでになくなるし、すぐに新しいセットが入庫されて、買うのが逆に楽しみになりました。
ただ欠点はやっぱり紙の質。100円均一はデザインも良くできてるし飽きがこなくていいんだけど、封筒に宛名を書くときに
つるつる滑ってなんとなく書きにくいです。紙の質がよい和紙や、パルプのしっかりしたものはペン先がすべらなくて、
書きやすいし、字体もなんとなく決まった感じで美しく書けます。
ここが今までの文具店で仕入れる封筒、便せんと100均のちがいなのでしょうか。値段の違いは質の違いに反映するんだわ。と思った記憶があります。
いまは日常的に昔ほど手紙もかくこともありませんが、文具フェチのわたしは書かなくても見るのは大好きです。
100均に行ったら、必ずいまでも封筒と便せんのセットを探してしまいますし、ついつい時間をわすれてデザインや質や、カラーに見入ってしまい、
主人に「それ全部買うつもりじゃないよな?」と確認されてしまう始末です。
封筒が素敵なのは、その用途に合わせて内容が推測できるものとそうでないお便りのようなものがあることです。
長方形の茶封筒なら明らかにお知らせやDMとすぐ検討がつきますし、感じの良い高級そうな和紙なら、きっと季節のお便りだわ。とワクワクします。
キュートなキャラクターだったら、姪っ子の手紙。と微笑んでしまうし、封筒は見るだけでその中にあるものを期待させる
パンドラみたいな効果がありますね。久しぶりに来た知り合いや友達からのてがみなら封筒の宛名を見ただけでうれしくなってしまいます。
日ごろEメールで簡単に送れるお礼も、わたしは心をこめて一字一字封筒に宛名をかいて、手紙をおくるのが本当の意味のお礼だと思ってます。
これからも機会があれば、必ずその気持ちを忘れずに封筒と便せんでわたしのありがとう。やげんきでね。を届けたいと思っています。