思わず泣いた!茶封筒に入った先生のメッセージ

今から数十年ほど前の出来事になります。私が体型もスリムでまだまだ若かりし高校生だった頃のことです。私は高校を卒業してから東京に大学進学を理由に上京してきました。私の母校は九州にあり、県内でも有数の進学校でした。もちろん私も大学受験のために勉強に励む毎日でした。大学の受験といえば、教科書を開いて勉強をする以外に地味で面倒臭い作業があります。それは志望大学受験のために願書を書くことです。受験勉強の合間を縫って、何度も願書と封筒を書いた記憶があります。もし自分の志望校が1校で、実力的にも受かる自信があるならこれほど願書や封筒を記入する必要はなかったでしょう。周りの同級生も受験する大学は2,3校でした。私にはその自信や実力がなかったのでした。今の時代ならばインターネット出願というものがあって、パソコンさえあれば簡単に大学に出願できるようですが、大学の方から見た印象を気にして封筒に書いた字を何度も直した記憶があります。

さてこれだけの記憶ならば、私以外の方でも同様な思い出をお持ちでしょうが、私には個人的に忘れない思い出があります。受験の願書や封筒を受験生が記入するのはもちろんですが、実は大人も同様に大変な思いをしなければならなかったのです。その人物は担任の先生でした。大学を受験する際に、願書とともに封筒に同封しなければならないものとして調査書というものがあります。この調査書というのは高校3年間の成績やクラスや部活動の記録、そして担任の先生からのコメントが書かれた紙が1枚封入されている封筒です。

実は私は学校の方針通り勉強だけはしていたのですが、遅刻や居眠りが多くちょっとした問題児なのでした。別に手のつけられない不良というほどではないのですが、真面目な方ではなく担任の先生に頻繁に職員室に呼び出されて怒られていました。当時も感じていたのですが、きっとこの先生は私のことが嫌いなのだろうなと思っていました。毎日手を焼く生徒などどこが良いのでしょうか。

そして大学受験の日が近づいてきて、調査書を願書の封筒に封入するため担任の先生がその調査書を書く必要があったのです。調査書の申請は調査書申請書というものに書いて、事務室に自分で提出します。私も友達と一緒にその用紙を書いて申請しました。そしてその翌日あたりに教室でホームルームの時に受け取るといった仕組みです。・私は自分の学力に自信がなく、多くの学校を受けることを周りの同級生に知られたくありませんでした。そのため、1回に大量に申請せず毎日1校ずつ申請していたのでした。1枚ずつなら受け渡しもすぐ終わるし、バレないと思っていたのです。

毎日申請して6日が過ぎた頃でした。いつものように調査書を受け取ると担任の先生から後で職員室に来いと呼ばれました。またお説教かなと考えていました。いざ職員室に言ってみると一体いくつ申請するつもりなのだと、いつものお説教のトーンで言われました。私は正直に20と答えました。そうすると先生は何かを知っていたように、紙袋を差し出しました。その中身はたくさんの小さな封筒、調査書でした。

それから先生にもらった調査書を大学に提出して、大学受験の本番に挑む日々が続きました。調査書は全部使い終わって、その紙袋は空になりました。その紙袋は自分のロッカーの中に入れておきました。そして卒業式の時がやってきました。卒業式が終わり、卒業証書を持ってロッカーを見たところあのときしまいこんだ紙袋に気がつきました。紙袋を今日の卒業証書を入れて帰ればちょうど良いと思って、広げたところなんと調査書がまだ残っていたようでした。おかしいなと思ってみてみるとその封筒は調査書ではありませんでした。「お前は自分の学力に心配しているかもしれないけど、大丈夫だ。人一倍頑張ってきたことを知っている。受験頑張れよ。」こう綴られた便箋が封筒の中に入っていたのです。調査書に似た地味な封筒で全く気が付きませんでした。メッセージとしては遅くなったし、綺麗っ気のない封筒だったけどそのメッセージは強く胸に刺さりました。卒業式でも泣くことはありませんでしたが、この手紙にはなんだか涙を流してしまいました。急いで職員室に行ってありがとうと言ったのが忘れられない封筒の思い出です。