封筒を見ると思い出す。亡くなった祖父との思い出

「封筒を見ると思い出す。亡くなった祖父との思い出」

私の祖父は小さな会社を経営していました。

海辺の小さな田舎町で、従業員は家族と親戚、最初は小さな商店でしたが、何でも取り扱っているうちに、一体何屋かわからなくなっていました。

朝、まだ太陽が昇らないうちに近所のおばちゃんが「これ、買って」と魚を持ってくれば、おばちゃんにお金を渡して魚を店に置いていました。
また別の日には、裏に住むおばあちゃんが「首に巻く、おしゃれなタオルが欲しい」と言えば、売り切れる可能性もないのに「最低ロットが千枚だった」と、タオルを千枚も仕入れていました。

そんな無茶苦茶な経営の仕方でしたが、他に店らしい店が無かったせいか、祖父の会社はそれなりに繁盛していました。

そのうち家族が支店を作るようになり、会社の規模は大きくなっていきました。

都会の会社とも取引することが増え、電話回線も1回線では間に合わなくなり、4回線使うようになりました。
私の子供の頃は、まだFAXやメールが主流ではなかったので、他の会社と取引する時は、固定電話と、郵便しかありませんでした。

そんなある日、祖父が「会社の封筒を作る」と言い出しました。
「毎日、何十通も請求書や納品書、商談の見積もりなどを取引先に送るのだから、封筒は会社の顔だから重要だ」と言うのです。
しかし、当時は大手の会社でもないのに、自社の名前が入った封筒を使うのは一般的ではありませんでした。
今なら簡単に安く発注できる、ゴムで出来た会社名が入ったハンコでさえ、とても高価な物でした。
そして、そのハンコを一般的な茶封筒の後ろに真っ直ぐ押すのが、当時小学生だった私のお小遣い稼ぎでした。

今なら社名が入った封筒は、簡単に作れますが、当時は大変高価でした。
しかも1度注文すると、何万枚も届くと言われました。
人口がたかだか数千人の町に住んでいるのに、そんな途方もない数の封筒が届いても置く所もないし、使い切れるわけがないと家族はみんな大反対しました。
祖母は「社名が入った封筒を使っても会社が1円も得するわけでもないのに、何万円もかけて封筒を作る意味がわからない」と言っていました。

それから何日か経ったある日、私が封筒のことで家族がもめたことを忘れかけた頃、長方形のとても重たいダンボールがいくつか届きました。

事務をしていた母と中を開けると、中身は全て社名が入った封筒でした。

「あーやられた」母がゲンナリした顔で呟いたのを覚えています。

祖父は結局、家族に内緒で社名が入った封筒を注文していました。

しかも、当時珍しかったオレンジっぽい色の封筒に、黒ではなくグリーン系のインクで社名と住所、電話番号が印字されていました。
封筒が届いた事に気が付いた祖父は「この色、別料金だから高いんだ。珍しくていいだろ」と喜んでいました。

私は、見たことないオシャレな色の封筒に、祖父の名前が書いてある事が嬉しくて、学校で集金があると、わざわざその封筒にお金を入れて、自慢げに使いました。
何万枚もあった封筒は、使い切れない分は蔵に箱ごとしまわれました。

郵便番号のケタ数が増えた1998年になっても、何年も前に買ったはずの封筒は使い切れず、私が暇な時はボールペンで郵便番号を2ケタ増やしていました。
あまり光が入らない蔵で保管されていたとは言え、何年も経つうちに、封筒の色や文字は少しずつ色あせていきました。
それでも、もったいないからと、必ずその封筒を使うようにしていました。

数年前、祖父は急に亡くなりました。

最後まで、相談をほとんどせず、ワンマン経営で会社を大きくしていきました。

急な最後だったので、引き継ぎらしい、引き継ぎができていなくて、残された家族は大変でした。

祖父が亡くなっても、祖父が作った封筒はまだ蔵に残っていました。

みんなその封筒を見るたび、こんな封筒を何十年も前に何万枚も作って、無茶苦茶な人だったなと祖父のことを思い出していました。

しかし、そんな封筒も、祖父が亡くなって数年経ったある日、最後の1枚になりました。

山盛りの封筒が届いた時、祖父以外のそこにいた全員が「使い切れるわけがない」と言い切りました。
だけど、ちゃんと使い切れたのです。

「あの沢山あった封筒が使い切れるまで、この会社ちゃんと続いているんだな」と祖父の後を継いだ叔父が言いました。

祖父は誰よりも、会社のことを信じていたのだと、今になって思います。
私は祖父が作った封筒が、会社をずっと守ってきてくれたような気持ちになりました。

封筒を使い切ってから、できれば当時と同じ会社に封筒を頼もう思いましたが、年数が経ちすぎていて、一体どこで注文した物なのかわかりませんでした。
そのため、似たデザインの物を、別の印刷会社で作ってもらって使っています。

封筒のデザインや色は、当時と変わってしまいましたが、当時と同じ会社が印字された封筒を見るたびに、亡くなった祖父のことを思い出してしまいます。